【研究報告】乳がん患者さんへのハンドセラピー施術

乳がん治療に使う抗がん剤は、手や足の指先にしびれを起こします。本研究はソフィアのハンドケア技術を使ってしびれが改善するメカニズムを紹介します。

2人にひとりが癌になる時代。中でも乳がんは日本女性がかかる割合が高く、毎年増加の一途をたどっています。一生のうち、乳がんになる女性の割合は14人に1人で、年間6万人以上が乳がんと診断されています。一方で新しい治療法も次々に開発されています。分子標的治療薬、免疫治療、抗がん剤。これらを合わせた治療方法も出来てきました。強力にがん細胞に効くお薬は、残念ながら副作用も強く出てしまいます。我慢できるくらいの副作用でしたらよいのですが、中には生活に支障が出るほどの強い副反応を持つお薬もあります。

手や足の指先は生活するうえで、とても重要な役割を持ちます。お箸やお茶碗を持ったり、ペンで文字を書くときや、お皿を洗ったりフライパンを持ち上げたり。副作用が強いお薬は、指先に強烈なしびれをもたらし、指先から「感じること」を取り上げてしまいます。

治療は患者さん中心でなくてはなりません。患者さんの生活を守ることが大切です。この研究は昭和大学乳腺外科に通院する患者さんを対象に、ソフィアフィトセラピーカレッジ池田明子先生をはじめ、スタッフの先生方と一緒に研究した結果です。

私たちは2019年の第57回日本癌治療学会で、軽度から中程度のしびれを感じる患者さんにハンドセラピー施術がしびれ改善に役立つことを学会で発表しました。論文は、癌と化学療法47(5),783-788.2020に掲載しました。

次に、患者さんたちは病院でハンドセラピー施術を受けることで、リラックスをしているかを調べました。

対象者は、初発および再発の成人乳がん患者で、手指のしびれを持つ患者さん14名 (51歳から78歳)です。この方々に、ハンドセラピー施術をおこなって、 血圧、脈拍、交感神経、副交感神経を観察しました。

その結果、脈拍と最高血圧、交感神経は有意に低くなりました。このデータから病院に通う患者さんはハンドセラピー施術を受けることで緊張が和らいで、リラックスしていることが明らかとなりました。

さらに、私たちは「ハンドセラピー施術によって、なぜ、しびれは改善するのか?」そのメカニズムを明らかにするため、培養細胞にハンドセラピー施術と似た刺激を与えて樹状突起の形の変化を電子顕微鏡で観察しました。

下の図は、マッサージに似た刺激を与えていない細胞です。短い突起しか出ていないことがわかります(SEM FlexSEM 1000撮影)。

これに対して、ハンドセラピー施術に似た振動を15分間与えてみると樹状突起とシナプスが長くなっていることがわかりました。

さらに驚くことに、15分間揺らすと細胞は次々に他の細胞と結合しはじめたのです。

以上をまとめると、

  1. 乳がん患者さんにハンドセラピー施術をおこなった後は、血圧、脈拍、交感神経とも低下して、生理学的に落ちついた状態になることがわかりました。
  2. 培養細胞にハンドセラピー施術に似た刺激を15分間与えると、刺激を与えていないコントロールと比べて樹状突起は伸長し、隣接する神経とシナプスを形成します。ハンドセラピー施術のような物理的刺激によって神経細胞は活性化されることがわかりました。

ハンドセラピー施術は、医療の現場で患者さんに優しく落ち着きを与えます。培養細胞を使った研究を重ねることで、しびれを改善するメカニズムが明らかとなりました。これからもエビデンスを確立していくことで医学的根拠のある施術としてハンドセラピー施術医療界に普及させていくことをめざします。

参考文献
1)津田泰正,松田絹代,田嶋美幸・他:パクリタキセル施行乳がん患者における末梢神経障害の発症頻度と危険因子に関する検討.医薬薬学38 (6):359-364,2012.
2)中川貴之:がん薬による末梢神経障害の対処法と発現機序. ファルマシア 54: 1050-1054, 2018.
3) Hershman DL, Lacchetti C, DworkinRH, et al: Prevention and management of      chemotherapy-induced peripheral neuropathy in survivors of adult cancers American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline 32: 1941-1967, 2014.
4) Jennifer S. Gewandter, Joanna Brell,et al: Guido Cavaletti, Mtrial designs for chemotherapy-induced peripheral neuropathy prevention. Neurology 91(9): 403-413, 2018.
5)福原研一郎、枝川永二郎、西岡孝芳・他:消化器がん化学療法の副作用における人参栄湯の効果.癌と化学療法46(6):1033-1037, 2019.
6)  Hanai A, Ishiguro H, Sozu T, et al: Effects of Cryotherapy on Objective and Subjective Symptoms of Paclitaxel-Induced Neuropathy: Prospective Self-Controlled Trial. J Natl Cancer Inst  110 (2):141-148, 2018.
7) Tsuyuki S, Senda N, Nanng Y, et al:Evaluation of the effect of compression therapy using surgical gloves on nanoparticle albumin-bound paclitaxel-induced  peripheral neuropathy: a phase II multicenter study by the Kamigata Breast  Cancer Study Group. Breast Cancer Res Treat 160 (1):61-67, 2016.
8) Sugio S, Nagasawa M, Kojima I et al: TRPV2 activation by focal mechanical  stimulation requires interaction with the actin cytoskeleton and enhances growth cone motility. FASEB J 31(4):1368-1381, 2017.
9)坂上未紀、前田和久、須見遼子:キャリアオイルの皮膚吸収とその効能および解析 : リポカイン・パルミトレイン酸を豊富に含むマカダミアナッツオイルについて.Journal of Japanese Society of Aromatherapy 10(1),29-44,2011.
10)荒川和彦、鳥越一宏、葛巻直子・他:抗がん剤による末梢神経障害の特徴とその作用機序.日本緩和医療薬学雑誌. 4:1-13, 2011.
11) Flattwra SJ, Beennett GJ: Studies of peripheral sensory nerve in Paclitaxel-induced painful peripheral neuropathy: Evidence for mitochondrial  dysfunction. Pain; 122: 245-257,2006.
12)池田明子:心と体を癒す手のひらマッサージ.主婦の友社. 58-67,2018.

佐々木晶子
佐々木晶子

昭和⼤学医学部 薬理学講座において、医科薬理学部⾨講師を務める。
公益社団法⼈⽇ 本薬理学会学術評議員。医学博⼠

→講師紹介はこちら

ページのトップに戻る